いけずババアの英語教師がくれた意外すぎるプレゼント
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:あおい(ライティング・ゼミ)
「グッドモーニング、ミスアオキ」
「グッドモーニング。ハウアーユー?」
「アイムファインセンキュー、アンドユー?」
「ファインセンキュー」
お決まりのあいさつで始まるミスアオキの英語の授業。
ミスアオキとは、私が通っていた中高一貫女子校の英語教師である。
当時、年齢は40代後半だったのだろうか。小太りで背は低め、端のとがった教育ママタイプのメガネをかけている。ミスアオキ、というぐらいだからきっと独身だったのだろうけれど、誰も怖くて聞いたことがないから、未だに真相はわからない。
さて、冒頭のあいさつ、あえてカタカナで書いたのにはワケがある。
ミスアオキは、英語教師であるにも関わらず、英語の発音がまるでカタカナだったのだ。
私は中学生になったとき、新しく始まる英語の授業をわりと楽しみにしていた。
英語話せたらかっこいい! そう、単純に未知なる英語というものに憧れていたのだ。
私の中では、英語の先生というのは見た目からしてできる系の女性で、外人のように流暢に英語を操る、そんな姿をイメージしていた。
ところが、始めてミスアオキの授業を受けたとき、私は愕然としてしまった。
えっつ、これが英語の先生? 外人とは程遠い……
いや、もしかしたら発音がまずいだけで、
授業がとんでもなく面白かったりするかも!!
というかすかな期待が裏切られるのにそう時間はかからなかった。
彼女の授業スタイルは、得意のカタカナの発音で教科書を読み、その後、恐ろしいぐらい直訳の日本語で解説を加える、それが延々と続くだけの面白くもなんともない授業。
これが6年間続くのか……
私の英語に対する期待は大きく裏切られた。
いや、裏切られたのはそれだけではない。もっと最悪なことがあった。
ミスアオキは、超ド級のいけず(関西弁でいじわるの意味)ババアだったのである。
そのいけずぶりは学校でも有名で、痛い目にあった生徒は数知れず。
出来が悪いくせに!
そんなこと言える立場?
親の顔が見たいわ!
彼女にちょっとでも反抗しようものなら、嫌味の嵐。
挙句の果てには、理解不能なカタカナ英語で捨て台詞をはいて教室からでていくという、
本当に怒らせたらやっかいな先生だった。
そんなミスアオキが唯一笑顔になるときがあった。
それは、若いオトコの先生と話をしている時。中でも社会の先生は一番のお気に入りだったようだ。私たち生徒には決して見せない笑顔で、楽しそうに廊下を歩いている姿を見たとき、何か見てはいけないものを見てしまったような気持ちになったことを今でも覚えている。
それ以外はいつもカリカリしてキーキー言っている、そんなイメージしかなかった。
というわけで、ミスアオキとは授業以外では極力関わらないようにしていたし、授業中もなるべく目を合わせないように、小さくなって存在を消すようにしていた。
そんな調子で1年、2年と過ぎ、中学3年生になった。
ミスアオキの授業は特に変わったこともなく、英語がしゃべれるようになるなんていう夢はとうの昔に諦めていた。
中学3年といえば、普通は高校受験、卒業式と慌ただしい一年なのだけれど、中高一貫校だから受験もなく、のんびりとした一年を過ごしていた。
とはいえ、一応義務教育は終了ということで、その記念に卒業アルバムと卒業文集を作ることになり、文集に載せるための文章を全員必須で書くことになった。
ふつう卒業文集というものは、3年間の思い出とか、将来こんなふうになりたいとか、その手のことを書くものだけれど、
当時の私は、あまり文章を書くのが好きではなかったし、得意でもなかった。が、それよりも何よりも、文集に残すような夢なんて何もなかった。
はっきり言うと文集なんてどうでもよかった。
中学三年、思春期真っ只中。親や先生や学校や、全ての大人に対して、社会に対して、憤りを感じていた頃。
ココロの内側で思うことは多々あっても、無感動、無関心、無気力を装っていた私は、自分の思いを言葉にすることなど到底できなかった。
そんなひねくれた中学3年の私が心置きなく語れることは、異性とファッションの話題だけ。とはいえ、まさか文集に「彼氏がほしい。誰か紹介して」なんてこと書くわけにもいかず途方にくれていた。
そんなときふと思いついたのが、当時はまっていたSF小説だった。暇に任せて筒井康隆、星新一など、けっこう読みあさっていた。その割には内容をあまり覚えていないのだけれど、唯一記憶に残っているのは、畳で寝ている間に顔から畳が生えてくるという、なんとも奇妙極まりない話。超気持ち悪いけれど、当時はお気に入りだった。
なぜそんな現実離れした話に夢中になっていたのか? 今思えば、矛盾だらけの現実に気づいてしまった思春期の中学生が、その現実から逃避するために見つけた唯一の逃げ場所だったのかもしれない。
書きたくもないし、書くこともないけれど、書かなければならない。
もうどうでもいいや、という投げやりな気持ちで、SF小説もどきの話を思いつきで書いて、とりあえず提出した。
それから数ヶ月たち、文集のことはすっかり忘れていたある日の休み時間、
こともあろうか階段の踊り場で、私はミスアオキに呼び止められてしまったのである。
「ちょっと、あおいさん!!」
まずい! 私なんかやらかした?
反射的にそう思った。
だって、ミスアオキに呼び止められるなんて、なんかミスったとしかありえない。
英語の宿題? 忘れてないよ。
なんだ? 心当たりがない。
頭の中をぐるぐるさせながら、恐る恐る彼女の方を向いた。
すると、なんということだろう!
ミスアオキが、例のお気に入りの男性教諭に見せていたあの笑顔で、私の方を向いて立っているではないか!
え? 結婚の報告でもする? 私に? なわけないよな。
うろたえている私に向かって、彼女はこういった。
「あおいさん! 文集読んだわよ!!
あなたの短編小説、とっても面白かったわ!!
あなたにあんな才能あったのね!!」
思ってもみなかった褒め言葉に、階段の踊り場でよろめいた。
「あ、ああ…… あ・り・が・と・う・ございます」
驚きすぎてなかなか声が出なかった。
「また他にも書きなさいよ。楽しみにしてるわよ」
それだけ言うと、ミスアオキは去っていった。
腰が抜けそうなぐらいの衝撃だったが、
私はこのとき、自分の口元から笑みがこぼれていることに気づいていた。
あれから何年たったのだろう?
書くことが好きだったわけでも、得意だったわけでもない私が、
今こうやって文章を書いている。
ブログを書き、メルマガを書き、fbに投稿し、ついにはこのライティング・ゼミにまで手を出してしまった。
思春期の頃に言葉にできなかった思いを、今こうしてひとつひとつ、言葉にしようとしている。
英語の授業は最悪で、いけずババアで、とても好きとは言えない先生だったけど、
あの時のミスアオキの言葉を今でも時々思い出すことがある。するとあの時の踊り場での光景が蘇ってくる。
ミスアオキが私を褒めてくれたのは、後にも先にも、あの一回限りだった。
だからこそ余計、忘れることなく私の脳裏に焼き付いているのだ。
あの時のミスアオキの言葉が、
書くことに対する自信とエネルギーを与えてくれているのだとしたら、
それは私にとって途方もなく意外で素敵なプレゼントだったことは間違いない。
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